伝統を背負う現代画家 加藤貞雄 福王寺一彦さんが、院展出品作を中心にして、これまでの画業をまとめた展覧会を開くと同時に作品集を出す。春秋の院展で、ずっと、一彦さんの作品を注意して見てきたから、ネパール、インドに取材した、叙情的で神秘的な、その独特の絵画世界のいくつかは、即座に思い浮かべることができる。だから、それらを一堂に集めた時、さぞ見事な会場になるであろうと、私は楽しみにしている。ここでは、「追母影」シリーズに始まる一彦さんの作品系列や変遷について、作品に即して触れるべきだろうが、それより書きたいことがあるので、思うところを綴らせてもらうことにする。 一彦さんの院展初入選は、昭和53年(1978)の《追母影》である。これは、昭和49年以来、父法林さんのネパール・ヒマラヤ取材に同行した成果をものした作品だ。頭に背負い紐をかけて、龍を背負った少女が、裾を水中に浸しながら、両手を前に組んでたたずむか歩くかしている、ロマンティックで初い初いしい絵だ。いわば、一彦さんの原点ともいえる作品であろう。そして、同じモティーフの「追母影」シリーズを続け、昭和55年に院友に推され、以後、奨励賞、大観賞などの受賞を重ねて、平成4年、37歳で同人になっている。近年では、異例の若さである。この間、平成3年度の文化庁買上げ優秀作品に《農耕の民I》が選ばれている。この順調な歩みに、親の七光りをうんぬんする非礼な声が聞かれないでもなかった。情実を暗にほのめかす中傷のたぐいである。 ところで、院展の永い伝統の重みを、いやおうなく背負っている若い世代が、現代に生きる画家として自覚する時、伝統と、日本画という出来上がった概念を超える今日的なインパクトとの振幅の大きさに悩み、心中の大きな葛藤にもだえるであろうことは想像に難くない。その点、一彦さんは、身近に父を見ながら、今泉さんという、すばらしい伯楽の薫陶を受けた。さらに、今泉さんを介して、洋画の岡鹿之助さんに、親しく接することができた。それらは、まさに得難い教えとなって一彦さんの仕事に生きているに違いない。その一彦さんの世代を、昨年創立100周年を迎えた日本美術院の系譜の流れの中で見てみると、ちょうど岡倉天心を中心に旗挙げした初期の正員たちからみて、ひ孫の世代にあたる。 2002年 福王寺法林・一彦展 図録より転載 © 2012 福王寺一彦 当サイトに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
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